MBA流クリニック経営

第1回:「ライフサイクル理論から見るクリニック経営のポイント」
~開業前の準備:クリニックの最も大切な経営資源として経営理念を考える~

船井総合研究所 田熊考治氏

開業時に取り組む重要な事は、開業のコンセプトづくり、立地、集客策、資金計画の4つです。その中でも、今回は、そもそも「なぜ開業したいのか」という開業時のコンセプト、つまりクリニックの経営理念を明確する事の重要性について紹介します。経営理念は、開業後に幾度となく訪れる紆余曲折をうまく乗り越えていく上で、最も重要な経営資源になります。これから出発する長い旅路に備えます。
第一回は、開業時にクリニックの経営理念を明確にする事の重要性、そのポイントについてご紹介していきたいと思います。

本稿で学ぶポイント

  • 経営理念がどのようにして経営成果につながるのかを知る。
  • これから開業する先生がどのように経営理念を策定すればよいのか、あるいは 開業している先生が経営理念を見直すポイントを知る。

【ケース編】開業後にどういうクリニックを作りたいのかについて、思いを再確認。矢継ぎ早にその思いを実現する具体策を打ち、順調に成長したメンタルクリニックの事例

【クリニックの背景】

ある精神科専門医は、首都圏の総合病院で順調にキャリアを積み上げ、十分な臨床経験を積んだ上で、地元であるベッドタウンにメンタルクリニックを開業しました。総合病院での実績より、開業後の患者数も一定は確保できると踏み、集客も問題なく行えるだろうとの読みを持っていました。
しかし、いざ開業してみると、広告等の一通りの集患策を打ったにも関わらず、期待するほど患者数も伸びず、初期投資の割に利益が出ない状況が続きました。これをきっかけに、当院長は今後どのように改善をしていけばいいのか、その改善策を考える中、そもそもなぜ開業したかったのか、自分は開業することでどういう患者さんに医療を通して貢献したかったのかという、本質的な問いも含めて改めて考えさせられることとなりました。

【問題点】

当クリニックは、開業時にしっかりとした経営理念を掲げているわけではありませんでした。院長は勤務医時代のキャリアアップが順調だったことも手伝ったようで、自分は開業してもうまくいくだろうとの甘さがあったようです。従って、開業当初の経営理念は、いわゆる“患者様のために”“地域に根差した医療”等、お題目的なものが並んでおり、漠然としたコンセプトから開業したケースでした。既存のクリニックで少なからずみられるこういったケースでは、経営理念をしっかり固めることが重要です。クリニックの経営理念は、他院との差別化施策としての軸足となり、また、従業員の採用・教育など、あらゆる経営施策の根幹となります。経営理念が考え込まれ、明確であるクリニックは、どういう患者さんを主とし、集患をどうするかといった事を具体的に絞り込む事ができ、深く取り組むことができます。その結果、無駄のないポイントをついた投資をすることも可能です。
一般的に、開業前に医師は「自分は開業して成功するのか」という漠然とした不安を持つ事が多いものです。それが、結果として、開業前に開業に賭けるだけの理由探し、つまりは経営理念を考え抜くきっかけになるケースもありますが、当院長は開業前の経験も豊富であり、そのような不安は大きくなかったようです。その事が逆に、なぜ開業したいのか、開業を通してどう貢献したいのかという、開業にあたって最も重要なクリニックの経営理念を考え抜く事の甘さに繋がっていたようです。

【改善策】

当院長は、改めてそもそもなぜ開業したかったのか、自分は開業を通して何をしたいのかという経営理念を考え抜きました、その結果、いきついた理念は「働く世代をバックアップする」でした。院長の産業医、精神科医としての個人的な経験においても、心の不調を訴える患者さんがその後のキャリアや人生において重荷を背負って進む姿を見て、こういった患者さんに対し何とか力になりたいと思ったその思いが自分の中で医療者たる根本的な原動力であることを再確認したとのことです。院長は改めてクリニックの理念を「働く人を応援する」事を追求するクリニックとして明確に打ち出しました。
この理念を据えたことをきっかけに、開業後、体制を整えた時点で、フルタイムで働く患者さんが通院しやすいよう週3回の夜間と土曜午前午後の診療を開始しました。また、その世代の患者さんは特に忙しい人が多いことから、待たせない工夫として、オンライン予約や来院前に問診票を記入できるよう、問診票オンラインフォームの整備をしました。予約の空きもクリニックのウェブサイトに表示し、忙しい患者さんでも空いている時間を確認して来院できるよう配慮しました。加えて、最近では、オンライン診療もいち早く取り入れ、一度来院した患者さんには2回目以降の通院ではオンラインでの診察を可能とし、治療を継続しやすい体制を整えました。
その結果、現在では当院長のメンタルクリニックは毎月1500名以上の患者が来院する地域でも随一のクリニックとなっています。

【理論編】:クリニックの経営理念を明確にする

クリニックの経営理念がどのようなもので、それが経営資源としてどのように成果に結びつくのか、また、その経営理念をどのように策定すればよいのかについて紹介します。

【経営理念こそが最も重要な経営資源である】

クリニック開業時に経営理念がはっきりしていない、あるいはうわべだけの場合、開業後に発生する様々な問題を特定する原動力が得られず、また、幾多の課題が持ち上がる中での問題解決の判断基準も曖昧となります。従って、様々な困難や計画通りにいかない状況に対し、意欲的にその状況を打開する策や創意工夫が生まれません。逆に、クリニックの理念がしっかりしている場合、実現したい事への思いが、困難な状況を打開するモチベーションとなり、創意工夫が生まれやすくなります。
また明確な経営理念は、院長がスタッフをまとめる上での強力な求心力につながります。その求心力があると院内の雰囲気がよく人間関係が円満になります。また、モラルの高いクリニックは、サービスの質が良くなり総じて患者満足度も高くなります。
さらに、そのような理念に対し、優秀な看護師等のスタッフが給料ではない目的で集まってきます。優秀なスタッフは職場を盛り上げ、医療サービスの質はさらに向上します。結果として、開業後の集客もうまくいくようになります。病院の理念や優れた診療に惹かれた患者が集まるようになり、また、質の高い診療が口コミで広がるからです。
一方で、開業後数年たっても患者が一日数人というクリニックも散見されますが、その多くに、そもそも開業の目的やビジョンが希薄というケースが往々にして見られるものです。

図1:医科クリニックのライフサイクル

【開業時にクリニックの経営理念を考え抜く】

以上より、今後開業する先生方においては、開業の目的、つまりはクリニックの経営理念を明確にする作業をしっかりと行うが望ましいでしょう。
では、そもそも、経営理念とは何でしょうか。経営理念は、クリニックが何のために存在するかという使命や目的、患者さんにとっての価値を実現するための基本的な考え方やポリシーを表す戦略の上位概念で、クリニック経営の根幹を成すものです。 そして、その経営理念が、経営者の意思決定の判断基準になり、また、患者さんに安心と信頼を、スタッフに目標と指針を与えることになります。それは、クリニックにとって競合にまねできない最も重要な経営資源になります。
経営理念は、経営学の分野でも一定の定義はなく、様々な言葉で定義されています。代表的なものは以下の通りで、本稿では総じてこれらを経営理念と呼ぶ事にします。

■経営理念の種類/定義について

経営理念の種類/定義について

自院の経営理念を記述する際、以上の形にとらわれる必要はなく、これらの要素を参考に、先生がそれまでの人生経験、臨床で培ったすべてを注ぎ込んでシンプルな一文にまとめるものです。そして、経営理念は、スタッフや患者さんにとって意味のある事、共感できること、ニーズのある事である必要があります。従って、経営理念は、クリニックのスタッフや患者さんにわかりやすい言葉で記述することが大切です。
その際、以下の要素を参考に記述してみてください。

図2:経営理念において記述する要素

【経営理念をアクションに移す】

さて、経営理念を明確にした後、さらに重要な事があります。それは、経営理念を実際の行動や意思決定の基準に反映していくことです。経営理念が理念倒れに終わるのは、言葉がうわべだけの言葉遊びであることが原因です。経営理念が、院長本人の人生経験に裏打ちされた思いや志からにじみ出た言葉であれば、それらは自然に行動に反映され、意思決定の基準になります。開業後、院長は様々な困難や壁にぶつかる事でしょう。その際に、経営理念は、常に立ち返る基本であり、その困難の中でどうするべきか、どう打開するべきかの答えを導いてくれる灯となるでしょう。

また、院内スタッフが経営理念を理解し、自らの行動や考え方、物事の判断基準にしていくには、繰り返しの教育が必要です。院内に掲示しているだけでは経営理念はスタッフには浸透しません。スタッフに浸透させる方法は、経営理念を覚えてもらう、日々のコミュニケーションの中で、常にその実践を求めるマネジメントをする、これに尽きます。そうして初めて、経営理念がクリニックのスタッフと共有され、最大の効果を生む強力な経営資源になります。

【ここがポイント】

これから開業される先生、現在開業されている先生も、以下のようなテーマをもとに、経営理念検討シートを用いて自院の経営理念について改めて考えてみてください。

振り返りのポイント

  • なぜ開業したい/したかったのですか?
  • なぜ医療者を目指したのですか?どういう医療者が理想の医療者ですか?
  • これまでの人生経験、臨床経験の中で、自分が本当に大切に思う価値は何ですか?
  • スタッフや患者さんは先生に何を期待していますか?
  • 今日の社会、医療で求められている事、あるいは患者さんが求めている事は何だと考えますか?自身の医療はその解決策となりますか?そのような課題に対して、先生はどう応えたいですか?

■経営理念検討シート

①振り返りパート
  1. これまで大切してきたこと/大切にしていきたいこと
  2. 開業時に決意したこと
②関係者への思いの整理パート
  1. 患者さんに対して
  2. 地域/社会に対して
  3. スタッフに対して
③行動指針の整理パート
  1. 行動の指針として大切にしていきたいこと

■経営理念記述シート(上記①、②、③を総括し、経営理念を記述)

  1. 患者さんや地域に対して
  2. 診療方針
  3. スタッフに対する姿勢
  4. 行動指針

※当コンテンツ記事における「ケース」は、各寄稿者が実際のクリニック経営における改善事例をもとに作成したフィクションであり、実在する特定の人物及び団体を指すものではありません。

筆者プロフィール

田熊 考治

写真

株式会社船井総合研究所
医療支援部 チームリーダー

入社以来、歯科・矯正歯科、医科では耳鼻科・小児科・美容外科などクリニックを中心とした医療業界のコンサルティングに従事。
現在は内科、心療内科、耳鼻咽喉科などの医科診療所に特化したコンサルティングを行っている。
クライアントの医院規模は1ドクター1スタッフにて運営する医院から、6名のドクターを要する大規模医院までさまざまである。
「一過性でない永続する強い医院作り」をテーマに、医院の現状に即した、具体的かつ即実践可能な提案がクライアントからの信頼を得ている。